なぜ神戸の都市は崩壊したのか 

   
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                          6/14 2003
 阿修羅掲示板から来た方へ。
 このページの後半は削除いたしました。私の家の手抜き工事に関して社名もあげて
あった部分ですが、施工会社から満足できる対応をして頂き、現在は補修・補強工事
が進行中です。外壁を殆ど外して筋交いなどを入れなおすという本格的な工事で今月
末までかかりそうです。仲介の場を提供して頂いた阿修羅氏の掲示板、及び十分な対
応をして頂いた施工会社に感謝いたします。
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 阪神大震災では多くの家や建築物が崩壊し、その結果「安全」神話も崩壊しました。
日本の建築物はどのような地震にも致命的な被害は受けない筈だったのに、いとも
簡単に跡形もなく潰れてしまったのです。6千人と言われる死者の大部分は圧死と
言われます。もしも、日本の建築物が予定されていただけの耐震性を持っていたら、
被害はずっと少なく、また火災の発生もなく、「久しぶりの大地震でしたね。」で
済んだかもしれません。
 なぜこのような不思議な現象が起こったのでしょうか。

手元に「地震と建築」 岩波書店 1983年 なる本があります。著者は地震工
学の専門家で元東京大学工学部教授、清水建設副社長の大崎氏です。
これを読むと、「建築工学における「耐震性能」とはずいぶんいい加減なものだな。
」という感じを受けます。地震の揺れでその建築物が崩壊するかしないか、結局は
地震がきてみなければわからないのではないかと思います。建築学とは経験工学で
あって、理屈・理論は後から付けたものです。「どのような地震でも大丈夫。」と
は、我々への気やすめ・サービスだったのです。
建物を設計する段階で耐震性能として、「どの程度までの強さに耐えられる設計に
するべきか。」を決定する場合、どうのような思想で決めているのでしょうか。
 宣伝文句として、「万が一の地震でもあなたの家族と財産を守ります。」 とか
「関東大震災の2倍の揺れでもびくともしません。」 などがあります。ところが
これはあくまでも我々を安心させるための宣伝文句であって、実際とはずいぶん違
っていることがこの本から読み取れます。
設計震度とは、その地域がその建築物の寿命(通常100年とする。)以内に襲わ
れることが予想される最大震度なのです。つまり100年以内に10中8・9襲来
するであろう大地震でも被害を受けないように設計震度が決められるのです。その
結果設計震度は0.2(約200ガル)でありました。0.5ー0.8と言われる
阪神大震災の震度に耐えられる筈はなかったのです。この本では戦前の建築物は耐
震性不十分であるとされていますが、阪神大震災で崩壊した建物は戦後の建築でし
た。そして、戦後の建物だったから弱かったように、震災では説明されました。
1981年の建築基準法改正でも状況は同じです。応答スペクトルの概念を取り入
れ「新耐震設計法」と名付けても、所詮は100年に一回おこる地震に耐えられる
ような設計なのです。

言い換えれば日本の建造物とは、万が一の地震どころか、10に一つの地震にも耐
えられるような設計にはなっていなかったのでした。おそらく来るであろう震度の
地震にだけ耐えられる設計なのですから、千年に一度来る地震に神戸の都市全体が
崩壊したのは当然と言えます。このような設計思想では日本の建築物の10件中の
9件は地震に対して十分な耐震性能があります。しかし、残りの1件は始めから耐
震不足で崩壊するように設計されている(運命付けられている)わけで、それが神
戸市の建築物であったわけです。つまり、「運が悪かった。」のでした。


手抜き工事の実態

 神戸の震災時、手抜き工事の可能性が指摘されました。鉄筋が規定通りに入ってい
ないとか、コンクリートの中にゴミが入れてあったとか、しかし、結局はうやむや
のままなのでしょうか。建設省の役人(担当者)は、「公共工事に手抜きが行われ
ることなど有り得ない。十分な検査が行われながらの工事である。」というような
ことをテレビの前で述べていました。
しかし、建築現場で働いた経験がある方なら、「建築工事に手抜きは当たり前、特
に役人の検査程、ごまかすのに楽な検査はない。手抜きも技術の一つ、これを知ら
ないとこの仕事は勤まらない。」 が常識ではないでしょうか。知らぬは役人ばか
り、いや知っていても公になると自分の責任が追及されるので「なかったこと・知
らなかったこと。」 にしているだけなのでしょうか。

 では一般の個人住宅ではどうでしょうか。
やはり同様な「手抜き」が行われていた(いる)のです。
 
 私は1993年に自分の木造一戸建て住宅を建てました。そこでの「手抜き」の
実態を書いてみます。考えるだけで、今でも怒りがこみあげてきて、夜も眠れなく
なります。その上頭にくることに、結局は私の泣き寝入りなのです。

 手抜きは、設計、建築許可申請、工事、検査の、全ての段階で行われていました。
そして、設計者(一級建築士)も住宅建築会社も、現場の大工も、現場監督(建設
会社の担当社員)も、県の監督事務所(建築主事)も、皆がグルであったのです。
重大で致命的な耐震上の手抜きに私が気がついても、工事中も、完成後も、その後
も、私にはどうしようもありませんでした。
手抜きの種類はありとあらゆる範囲に及びます。一つ一つあげていったら何枚にも
なります。基礎・土台から始まって内装に至るまで。一階のキッチンや居間には断
熱材も入りませんでした。柱を留める金物は外周の大部分が抜かれたままです。土
台を止める筋かい(火打ち土台)は一つもありませんでした。(引渡後のクレーム
で打ち付けてくれましたが、飾りにしかなっていません。つまりまったく効いては
いない。) 耐震性の設計計算には致命的な誤りがありました。設計者のケアレス
・ミスですが、結果は重大で、その結果、建築基準法の耐震基準を満たさないので
す。(ここは補強はして貰いましたが。)
私の建てた家の屋根は日本瓦(重量屋根材)ですが、スレート(軽量屋根材)とし
て許可・申請をしてありました。(重量屋根材の建築物は当然、より強固な構造が
必要である。)
 県の役人(建築主事)によると、「県の建築許可・確認通知とは形式的なもので
内容にはタッチしていない。内容の確認はしていない。ミスがあっても建築士の責
任で我々には関係無い。責任もない。」 とのこと。また建築後の完成検査は法律
ではすることにはなっていても実際は行っていない。建築基準法に違反する建築物
(法律上の耐震基準を満たさない。)があっても、それは持ち主と施行者の責任で
あり、役所は関知しない....とのこと。瓦屋根の家をスレート屋根の家として
申請し建築許可を得ることもあるが問題はない.....とのことです。

 私は唖然としましたが、世の中こういうものだなと納得せざるをえませんでした。
役所とは許可業務を行うが、検査・確認はせず、責任も持たない仕事をしているの
です。そして我々には「安心」を与えてくれるのです。


 そして1995年の1月の阪神大震災です。手抜き工事の家屋が容易に崩壊する
ことを知った私は自分の家に対してできる限りの補強をし、またこのような手抜き
工事が当たり前のこととして容認されている建築業界、行政の許可・検査体制、行
政窓口の対応を憂いております。市の担当者は「あなたは建物完成後、引渡書に印
鑑を押したのだから、十分に確認せずに印鑑を押したあなたにも責任がある。」な
どと言います。騙された方が馬鹿ですね、が社会の常識なのでしょうか。(大部分
の方はこのような手抜きに永久に気づくことはできないだろうと思います。)

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 始めに書きましたように、私の場合はこのようなインターネットのHPや掲示板の
お陰で満足できる補強を受けることができました。
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