箱山城はこやまじょう642m 長野県上田市丸子〔1/25000地形図〕丸子
箱山(仮称)はこやま772m
尾野山城おのやまじょう733m 〔1/25000地形図〕上田
三日城みっかじょう〔別名〕漣城623m
孫台まごだい644m 〔三角点〕四等〔点名〕梨平
茂沢城もざわじょう〔別名〕笹谷城・伊勢山城561m
中城なかじょう
20070407(土)晴れのち曇り

今日で三日目、丸子町の城跡で、まだ行っていないいくつかを回ってから、松本に帰るつもりである。それにしても丸子町には城跡が 多い。実戦のあった城もある。それだけ、この辺りは重要な地点だったのだろう。

【道順・駐車場】
・箱山城:長和町道の駅「マルメロの駅ながと」、国道152号線、上田市丸子市街地に入り、信号「警察署・丸子修学館高校入口」 を山側へ、依田窪斎場への道を少し行き、木曽義仲ゆかりの霊勝地「長福寺」駐車場まで。
・尾野山城:県道186号線(上田塩川線)を行き、道標から尾野山・須川方面へ。尾野山区の入口に、東や・二本木二十三夜様・区の案内図あり。 案内図を確認して少し行くと、丸子八景愛宕山展望台入口の道標がある。道標の手前、30mに2台置ける駐車スペースがある。
・茂沢城:上田市丸子茂沢区の明賀池まで。
・中城:上田市長瀬地区の依田川にかかる依田橋近く、上田市丸子北部体育館駐車場まで。
【コース・時間】
・長福寺7:10→7:20作業道入口→7:45箱山城→8:10箱山8:15→8:25箱山城→8:40作業道→8:50着
・愛宕山入口10:05→10:25愛宕山→10:35尾野山城→11:05千手観音堂→11:20新池11:25→11:35三日城11:40 →11:50新池→12:05下ノ池→12:15孫台12:40→12:50着
・明賀池13:30→13:40茂沢城→13:45着
・上田市丸子北部体育館14:00→ほたるの里→14:10中城14:20→14:35着

里山だから何処かに取り付く点はあるだろうと、見当をつけて歩き出す。 長福寺の駐車場から一度車道に出て、すぐに左折。山裾を回る用水路沿いに行き、住宅の外れから山側に右折した。 作業用の道がある。分岐は右方向に進む。畑地となって、ここも右方向へ。丁度、下側に長福寺の赤い屋根が見える。 満開の桜の木があるブドウ畑だ。 その先に伐採作業中の看板があった。左手に入ると昔は畑地だったような数段の平地があって、 古い墓石が一つだけあった。ここが城跡とは思えない。伐採地に沿って上へと進む。展望が開け、美ケ原や依田窪斎場 の建物や市街地が一望できる。この稜線も遺構の一部か、堀切があった。そして巨岩を越えるとそこは幾つもの小郭と 数条の堀切が確認できる。城跡との表示や石祠など何もないが、巨岩は虎口でここが箱山城であろう。石組みや凹地も あったが、お城の遺構かは不明。 ついでだから、地形図にある772m地点まで行って見るこことした。この辺りでは一番高い位置である。 何かの表示があるかも知れない。 道もあり、上では他からの道も合流する。なだらかな山頂部の真中だけが、一段高くなっていた。

ここにも何もない。 周りは広大な平地だが、自然のものか人工によるものかは不明。 せっかく来たんだからと、名前をつけることとした。箱山でいいだろう。 帰りは畑地からショートカットして下った。民家の玄関先から車道に出た。右折した地点の50mほど先の地点だった。 次に尾野山城に向う。愛宕山展望台入口の看板から一度、車で入ったが、住宅地は急傾斜で道も狭い。 駐車に難がありそうだ。戻って入口から歩くこととした。尾野山城、三日城、孫台と周回で歩くつもりだから、 これでいいだろう。道脇の石祠や道祖神をみて、住宅地に入ると分岐に道標があり、左折する。舗装された平坦道から 左の山道に入った。すぐに尾根のところに出る。 車種によっては、ここまで車で入れる。遊歩道を行くとベンチや三つの鳥居があって、愛宕神社に着く。中に石祠が祀られていた。 四阿山や浅間連峰が見える。神社からも遊歩道があって、空堀跡から「あれっ、もう城かい」と感じるほど、 案外近くに尾野山城があった。 円形の平地に社が立ち、お城の解説板があった。展望は良くない。搦手側の空堀から平坦な尾根を行く。 道も広く、軽四なら入れそうな道だ。

次は三日城に向うので、十字路を右へ下る。 長野県では今年初めて、一輪のキジムシロを見る。簡易舗装道に出て、右へ下る。 畑地の車道に降り立つ。出来るだけ最短で三日城に向おうと思うが、その三日城は標高が低いため、ここからは見えない。 目標の目印となるのは、上の池の近くにある小さな池である。千手観音堂から車道を横切り、上の池の手前で右折する。 地元の人に聞いたら小さな池は「新池」とのこと。 新池の堤下に山道があって、これを下る。おそらく、千曲川沿いの道に降り立つ山道であろう。 竹林に入り、これを抜けると右手、尾根先への踏み跡がある。堀切、小平地があって、小山に着く。 少々ヤブだが、ここが三日城だ。樹間から千曲川と線路が見える。長野新幹線はこの城の下を通っている。往路を戻り、 孫台に向う。目標は下の池である。尾野山の集落に入って、下の池の左側の淵を行き、車道に出て、山側に入ると 広大な平地で、春の野草が一面に咲き乱れていた。 一段高い場所に四等三角点があった。文字は薄れ消えかけているが、「平将門戦跡案内」があった。あとは集落を抜けて 駐車地点の帰りつく。

ここから見える地点で一箇所、黄色が目立つ範囲がある。 花畑にようだ。行って見ると「3/24〜4/15信州国際音楽村すいせん祭り」だった。すいせん畑を一巡して から、茂沢城に向う。茂沢集落の明賀池の脇まで車で行ったが、池は、すいせん祭り開場のすぐ下にあったので、 歩いた方が良かったようだ。集落に近い小山だから、道はあると思ったが、はっきりした道は無かった。 池から右に半周して、住宅のところから取り付いた。 少々ヤブだが、上に石祠があって、数段の郭跡もうかがえる。帰りは直接、池に下った。 さて、もう一つ、中城に向う。体育館駐車場に車を置いて、それと思われる地点を探しに行く。 車道から生田団地分譲地の方に左折した。 住宅地で丁度、丸子北小学校のグランドの切れる付近から右手に入ってみた。 流れがあって、そこに「ほたるの里」の看板があり、木道の道が設置されている。 流れを渡ったところは田んぼで、人の姿をみたので、田んぼのアゼに沿って 行き、聞いたところ、この辺の地籍は中城でお城があったところは、右岸の住宅地ではないか、 とのことだった。木道から見える石祠のある場所、その辺りが城跡であろう。

尾野山城跡
尾野山区の南西の山頂にあるこの城跡は、 海野氏の勢力下にあって、尾ノ山氏が 守っておりました。 千曲川に臨む山並みに、茂沢城・孫台・ 三日城などの支城を配置し、山頂からの眺望も良く、 北側から依田の平を守る機能をもっておりました。 そのため、度々戦禍に巻き込まれてきました。 特に天文10年(1541)の海野平合戦には、この城は、 武田・諏訪・村上の連合軍に攻められて落城し、 海野氏は滅亡に追い込まれました。 城の北側の山麓、赤畑地籍には、館跡が 残されています。:丸子町・丸子町教育委員会

孫台 平将門戦跡案内
天慶二年関東を平定した平将門は、尚勢力を保つ従兄弟の平貞盛が上京しよろうとするを 追って信濃路に入り、当高台(尾野山地籍俗称高孫代)を背に北方の斜面に敷陣する貞盛勢を千曲川を渡り 攻め激戦の上敗走せしめた。此の場所は真に由緒ある地である。:現地解説板

【温泉】
上田市武石 武石温泉 うつくしの湯 \400(福寿草まつり割引券\300)
【宿泊地】
国道254号線、上田市丸子小屋坂トンネル脇の道広部。

20070408(日)
同地am4:00出、松本にam5:00前帰着。お城の桜を見に、夜明け前に松本城に行って見る。


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