| 長窪城 | ながくぼじょう | 〔別名〕深山城・霞の尾城・城山 | 720m | 長野県長和町長門 | 〔1/25000地図〕丸子 | ||
| 御岳山城 | みたけやまじょう | 820m | |||||
| 鳥羽山 | とばやま | 〔別名〕鳥羽城 | 843m | 長野県上田市丸子 | 〔三角点〕三等 | 〔点名〕四面塔 |
| 20070329 | (水) | 曇りのち晴れ |
【道順・駐車場】
・国道152号線、長和町道の駅「マルメロの駅ながわ」から依田川を渡って、長和町北古屋地区の長窪城跡入口(大手口)まで。
長窪城跡解説板と遊歩道の道標がある。
駐車場は、長窪病院の職員用なので、車は入口の近くの道広部に置く。
・御岳山城は長和町長久保、国道152号線のチェーン着脱所から歩いたが、登り口の墓地まで車で行ける。
・国道152号線から上田市丸子腰越の諏訪宮。駐車場あり。
【コースと時間】
・長窪城跡入口(大手口)6:35→6:45長窪城7:10→7:20着
・長和町長久保国道152号線チェーン着脱所7:45→7:55林道不動沢入口→8:00登り口→8:15箱笠大明神→8:25御岳山城→奥の院
9:00→9:20登り口→9:30着
・丸子町腰越地区諏訪宮10:10→10:30作業道終点→10:45尾根→11:05石祠→11:25鳥羽山11:40→11:55石祠→
12:25伐採地→12:35車道→11:50竜福寺11:55→13:05着
長和町北古屋地区の長窪城跡入口(大手口)の道標から遊歩道あり。朝、霧雨模様となり急ぎ足で登った。 馬場跡、南の郭、石祠で東やがあり、 風林火山の幟が何本もはためく本郭に着く。 展望は良い。御岳山城、国道と道の駅、山の鼻砦が望める。天気は回復するようだ。 ならば急ぐこともなかろうと、搦手がわに行って見る。二の郭から緩やかな下りだ。五つの段郭と五条の堀切があって、 車道に出た。縄張り案内図と長窪城についての解説板がある。お城の遺跡は車道までのようだ。 車道を下ったのでは、かなり遠回りになりそう。往路を戻る。 次に御岳山城に向う。自分が御岳山城がある山と思っていたのは、長窪城から見ていかにも形の良いあの山か、 と思っていた。 何処から取り付くかは分らないが、山裾まで行って見れば手がかりがあるだろうと、 お城があると勘違いしている山の山裾、 国道152号線チェーン着脱所に車を置いてここから歩くこととした。 山手に入っている踏み跡があったが、どうも違うようだ。 あらためて、地形図を確認した。思い込んでいた山とお城のある山とは全然違っていた。 国道を歩いてきて、林道不動沢線の道標がある位置から、正面に見える山がそれだった。 山側に入り、少し行くと尾根の末端に墓地がある。 ここから登って見ることとした。道はあった。落ち葉で滑りそうな急坂の一本道である。 石碑、箱笠大明神(嘉永四年)の建つ場所も郭のようだ。倒れた古木があって、石灯籠があって霊神碑(明治二十六年)がある。 次に三つ並んだ社、二つは石祠、一つは木製。納められたお札は、虫倉神社守護と読める。 そして、神社の建つ場所、ここが本郭か。朽ちて崩壊した建物と崩壊しそうな御岳社がある。 石仏などの石造物も幾つも。
推察するに、昔は相当に立派な社殿があって、土地の人の崇拝を得ていたものと思われる。 明治天皇病気平癒祈願一千巻讀経(明治四十五年七月)のお札もあった。 一番興味を引かれたのは、十二支が彫られた円形の石像物である。祭事に使われたものだろうか。 搦手側は空堀があり、尾根を行くと小山に仏塔?と石仏が祀られていた。 地形図では三つの小山があるように書かれているので、 ここから少し下って、先へ行って見たが何もなかった。ただ、止山テープが先へと続いていた。往路を下山する。 次に、鳥羽城のある鳥羽山に向う。ふもとから見る鳥羽山は、何しろ岩だらけの険しい山に見える。 何処から登ればいいか分らないが、ともかく、城主の館?鳥羽館のあった場所らしい、地形図のお寺マークへ行ってみることとした。 依田川を渡って上田市丸子腰越地区に入り、鳥羽館のあった場所、竜福寺の参道入口があって、 道なりに行くと鳥居マークの諏訪宮があった。川を挟んで丸子城は目の前、山頂の展望台も見える。 広大な神社広場の右側に作業道がある。軽なら走れる道だ。とりあえず、この道を行ってみることとした。 作業道を行くと最初の分岐がある。ここは右、車は無理な荒れた方の道へ。 次の分岐、黄色の止山テープが張られている、ここも右方向、水平道の方へ。 次の分岐は左へ。そして四番目の分岐、ここはわずかに水がしみだしており、小さなヌカルミがある、ここは右方向に進んだ。 竜福寺からの尾根と思われる地形図にある、631m標高点から続く尾根方向に向うつもりだった。
この道は終点となった。何か印でもないか、と伺うも見当たらない。 戻って反対方向に行くべきだろうか、としばし思案。ダメなら引き返すとして、右山腹を横切って目的の尾根を目指すこととした。 印はないが人が歩いたような気配は感じられる。右山腹を少し行き、少し下ってから、山腹を斜めに登って行く。急坂だが、 前方尾根上に何かが見える。松くい虫被害で伐採された木が積まれていた。里山では良く見るものだ。 適当に見当をつけて登ってきたわけで、このような人工的なものを見ると不安が消える。竜福寺からの尾根と思われる。 踏み跡があり、 境界の印か、頭の赤い杭もあった。 登り方向へ左折する。ここからは手も使う急坂となる。右手側に国道152号線が見える。つまり、国道から見える尾根を 登っているわけである。稜線ともいえる尾根に出て、左方向へ。稜線に屹立する巨岩を目にするようになる。 巻かずに、間を抜けるなりして、中心を行く方が安全だろう。丸子城と依田川、上田盆地も一望できる地点あり。 岩盤の背を渡り、岩のやせ尾根を慎重に行き、松大木を過ぎると小ピークに石祠があった。 割合新しいものだ。一息つける地点である。反対側の深山集落が見える。何となくだが、別ルートからの踏み跡がここで合流している ようにも見える。少し下って登ると露岩の小ピーク。この辺り、やせ尾根なので、つまづかないよう、注意が必要である。 さらに、もう一つ露岩の小ピークがある。両サイドの展望が開けている。このコース一番の展望地である。
国道側から、 誰かが俺に気づいているかも知れない。なんて、思ってしまう。この日の11時5分ころ、頭の白いタオル、それは自分です。 やせ尾根と急坂は終わり、松の稜線となる。右手の絶壁岩からは美ケ原も見える。素晴らしい展望台だ。 ここを過ぎると左側は平地になっていて、小さな水たまりがあった。 もしかして、お城の水場?か。もう一つ小ピークがあって、そこを過ぎると鳥羽山の山頂だった。 意外に思える、広大な平地であった。 「鳥羽氏先世塁跡」と彫られた石柱が立ち、三等三角点がある。展望は良くない。東方向は広く緩やかとなっている。 石柱の年号は宝暦と読める。 休憩後、下山にかかる。石祠から巨岩の岩峰までは往路を下った。注意して見ると、北西方向にも人の手が入った痕がうかがえる。 そこを下って見ることとした。巨岩の下から、沢状の地形を下ると止山テープがあった。沢の右岸に沿って道もあった。 しかも、目印につけられた赤テープもあるではないか。なるほど、この沢を詰めても登れるわけだ。止山テープ道は伐採作業道と なって、作業用の車も入れる道となった。そして山裾の車道に降り立った。一軒の民家?のところだった。流水溝沿いに山裾を 歩いて、竜福寺の参道入口に着く。鳥羽館のあった場所とのことである。 竜福寺から諏訪宮への道があるかも知れない、 それと、鳥羽山への道はどうか、との思いもあった。ざっと見たところでは、両方ともそれらしい道はないようだ。 鳥羽山の登り下りの行程は、自分がたどったもので、必ずしも正しいルートとは言えないだろう。 もっとも、この山に正しい登山ルートがあるかは不明である。三つの城とも誰にも会わず。帰りに、信玄の隠し湯といわれる「大塩温泉」の共同浴場で 汗を流し、松本に帰着した。
長和町指定文化財 長窪城跡について
当城と武田氏のかかわりあいの主なものは
次のようである。
この城跡は、別に深山城、または霞の尾城ともいい、
室町時代中期の応永年間(1400)大井氏、または
芦田氏(依田氏)によって築かれたといわれる。
その後、佐久岩村田大井の庄、大井氏の親類衆が
永くこの地を支配し長窪氏を名乗り、長窪の
発展に尽くした。
天文12年(1544)9月、城主であった大井貞隆は、
甲斐の武田晴信(信玄)の軍に攻められこれに降り
、以後長窪城は武田氏が北信濃に進出するための
重要な拠点となった。
天正10年(1582)武田氏が滅亡するとともに
小県一円は真田昌幸の領地となり、天正11年(1583)
昌幸が上田城を築いて配下の武士を上田城下に
集めたことなどにより、長窪城は廃城となった。
・天文12年(1544)9月:武田晴信(信玄)により
当城主大井貞隆捕われる。当城は
、このあと信玄による東・北信濃攻めの前進
基地となる。
・天文17年(1549)9月:
信玄長窪城に着陣のあと、坂城葛尾城主村上義清
を攻め、上田原合戦となる。
・天文19年(1550)2月:
信玄当城に着陣し、重臣を二回にわたり、
村上方の守る戸石城の偵察に出す。このあと
戸石合戦となる。
・天文22年(1553)8月:
信玄当城に着陣のあと、和田城、高鳥屋城、塩田城
等を攻め落とす。
・天正10年(1582)3月:武田氏滅亡する。
・天正11年(1583):
真田昌幸、上田城を築く。このころ長窪城、
廃城となる。
:長和町教育委員会・長窪城跡保存整備委員会
【温泉】
上田市丸子 大塩温泉会館 \100