樅沢岳 | もみさわだけ | 2755m | 岐阜県上宝村 | 〔1/25000地図〕三俣蓮華岳 |
| 双六岳 | すごろくだけ | 2860m | ||
| 三俣蓮華岳 | みつまたれんげだけ | 2841m | ||
| 鷲羽岳 | わしばだけ | 2924m | ||
| 水晶岳 | すいしょうだけ | 2977m | ||
| 祖父岳 | じいだけ | 2825m |
| 20050804-0806 | (木)-(土) | 晴れ・晴れ・晴れ | 記録次ぎのページ(8/6) | : | 画像1ページ | 2ページ | 3ページ | 4ページ | 5ページ | 6ページ | 7ページ | 8ページ |
【道順・駐車場】
松本市、国道158号線、安房トンネル(有料\750)、国道471号、県道475、栃尾温泉露天風呂「荒神の湯」に入ってから、
新穂高温泉無料駐車場まで。65k。
本日14:30現在、無料駐車場は、ほぼ満車状態だった。寝るには時間があるので少し散歩に行く。
北アルプス湧清水、飲用温泉、足湯から
遭難碑のある神社まで。ターミナルの食堂でカレーを食べてから駐車場に戻り、
長年使っていなかったテントを、この日開いて見た。
カビが生え、ポールのゴムも駄目になっていると思ったが、全然何ともなかった。
車の後ろにテントをはって、今晩は久しぶりにテント泊とする。床が水平なだけ、車内よりは寝心地が良い。
夜中に目を覚ましたら、空は満天の星空だった。
【コースと時間】
8/4
新穂高温泉4:25→5:30笠新道分岐→5:40ワサビ平小屋5:45→
6:00作業道終点→6:05小池新道入口→6:55秩父沢出合→7:15チボ岩→7:35イタドリケ原
→8:00鏡平分岐→8:50鏡平9:05→9:35弓折中段→10:05弓折乗越10:10→10:30花見平10:50→11:05くろゆりベンチ11:15→
11:50双六小屋12:30→13:05樅沢岳→13:35双六小屋(泊)
8/5
双六小屋5:20→5:40三俣山荘巻道分岐→5:45中道分岐→6:05丸山→6:20双六岳6:35→6:50巻道分岐
→7:40三俣蓮華岳7:55→8:10巻道分岐→8:40三俣山荘8:50→10:05鷲羽岳10:15→10:50ワリモ岳10:55
→11:10ワリモ北分岐11:40→12:15水晶小屋13:05→13:40水晶岳14:10→14:45水晶小屋(泊)
8/6
水晶小屋5:50→忘れ物で引き返す→水晶小屋6:10→6:35ワリモ北分岐→6:40岩苔乗越→
7:15祖父岳→7:45岩苔乗越7:50→8:45雲の平分岐(黒部源流の碑)7:50→9:30三俣山荘9:40
→ 10:20三俣峠10:25→11:00弁当11:20→12:00双六頂上分岐→12:15双六小屋12:20→13:10花見平13:20
→13:30弓折岳分岐13:35→13:50中段→14:10鏡平→15:15イタドリケ原→15:35チボ岩→
15:40チチブ小沢→秩父沢→16:30小池新道入口→16:50ワサビ平→18:05新穂高温泉
8/4(木)晴れ
まだ、暗い内に駐車場を出る。登山口のターミナルにはバスも着き、早朝から歩き始める人、準備する人など数十人。
登山届を提出して「いざ出発」だ。もう、カンテラはいらない明るさ。沢水があることは分かっていたが、
水は1.5リットルを持参した。小屋泊まりの荷がいつもより重い。
林道脇の神社に手をあわせ「無事に帰ってこれますように」パチパチ。しばらくは林道歩き。
前後に人影なし。
いないだろうが、一応鈴を鳴らして歩く。
前方に一人、同じく鈴を鳴らしていた。追い越す。後ろから一人が追い着き、追い越していった。
二人は、笠新道分岐で立ち止まる。笠ケ岳に向うようだ。ここに、以前は引かれていた水だが、今はない。
ワサビ平小屋に着いた。おき出したキャンパーが数人。
クツヒモを締めなおす。小屋の食堂が見える。小屋泊の人が朝食中。
ちょっとうらやましい。歩きはじめるが、前後に人無し。ブナの林はまだ薄暗い。林道の終わるところに
MTBがおいてあった。
温泉から登山口までの林道には使える方法だ。 この作業林道も使われなくなったようで、水で流された個所は修理されないまま放置されている。 先行者が落としたものか、ペットボトルが一本。追い着けるか分からないので、岩の上に置くだけにする。 沢沿いの登りで水はあるし、そう困ることもあるまい。 左俣林道出合までくると正面に、朝日の当たった山並みが見えてくる。 ここから登山道になる。前方に三人、後ろに七人のグループが見える。前方の三人を追い越す。 日陰は涼しいが日当たりに出ると暑い。日焼け防止クリームを塗る。 河原の石伝いから、林に入って石伝い。 秩父沢の 流れにかかる板橋を渡ったところで、沢に沿って直登する登山者一人。 後を追ったが、これは道が違うことに気付いた。 違うことを告げ、先に行く。跡があるので間違う人もいるようだ。 この先の、チチブ小沢が最後の水場。そのまま通り過ぎた。 ボツボツと下ってくる人に出会う。この時間だと鏡平に泊まった人だろう。
「チボ岩」の名がある巨岩を経て展望の開ける地点に出るとそこは「イタドリが原」。 秋には紅葉の素晴らしいところ。ミヤマキンポウゲの花をみる。穂高の山と登ってきた地点、左俣林道出合が見える。 鏡平への道標があって、道は左右に分かれる。「ゴロゴロ急登、まっすぐコース」と「楽々やさしい、グネグネコース」の二本。 ここは右のグネグネコースを行く。たいていの人はこちらを行く。前方から若者の集団、40名くらいが下ってきた。 聞くと「奈良東大寺高校」とのこと。木道のある湿地「クマのおどり場」から緩やかになる。 クルマユリを見る。 そして、写真で有名な鏡池に着いた。池に写る槍ケ岳で、誰が撮ってもそれなりの写真にはなる場所である。 ただ、一つ難は、この時間、槍ケ岳が逆光になることである。本日も今一つはっきりしない、 もやーっとした槍が見えていた。良い写真を撮るには、小屋に泊まって夕焼け槍をねらうのが良いのだろう。
一休みで水を補充。1リットル\100なり。カキ氷も売っているが私は水だけ。 ここからは、花はなハナHANAhanaの花だらけ。コバイケイソウ、チングルマ、タテヤマリンドウ、シナノキンバイ、 ハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、マルバダケブキ、ヨツバシオガマ、ハクサンフウロ、ウサギギク、トリカブトなどなど、 各種高山の花が山腹を飾る。 どうせデジカメ、撮りまくり。 槍ケ岳を背に急坂を登る。 日も当り、気温も上がった。尾根への登りがそろそろ苦し。30分登って「弓折中段」の標柱、ようやく真中か。 一気に登れず、へたり込む。花と景色に見とれ、息を整える。 槍ケ岳の山頂がガスに隠れる。 「弓折乗越」に登りつく。鏡平からここまでは急坂。展望も良く、 やれやれ、で休む人多し。逆だったが、ここまでは以前歩いたコースである。 いよいよ初めての山域に向う。稜線はゆるやかな起伏で、歩きは展望も良く、道の左右は花だらけ。 環境が変われば疲れは吹っ飛ぶ、実に快適である。
後ろに笠ケ岳も見える。ニッコウキスゲが一輪だけ咲いていた。 「花見平」に残雪があった。登山道から外れたところにの残雪は何ケ所もあったが、ここだけ、残雪上を歩く。 ベンチもある。持参した練乳を使う機会を得た。 残雪は固く、手では掘れない。 キャップのフタでガリガリと掘り下げる。キレイそうなところで、ミルクをかけて食す。 うまい、うまい、うまいと三口ほど。この量なら、腹をこわすこともなかろう。 残雪ミルクは、針ノ木岳以来である。 丁度来た人に「どうですか」と声をかけたが 遠慮された。これから笠が岳に向うとのこと。 次ぎに「くろゆりベンチ」があった。ここでクロユリを見る。初めて見る花だ。 「♪くーろゆりーは恋のはなー」から連想していた花とは、ずいぶん違った印象で、地味な花である。 他の草に埋もれるように咲いている、色だってキレイとは言いがたい。こんな花でも蝶蝶はよってくるのだろうか。 今日の目的、双六小屋が見えてきた。
眼前に大展望が広がる。双六岳に鷲羽岳、水晶岳も見える。 始めての山域だがこのくらいは分かる。 平地となって池(双六池)があり、十数張りのテント。そして双六小屋に着いた。 一泊二食弁当で受付。到着時間が早かったのか、部屋割りは後とのこと。 ぞくぞくと登山者が到着する。早くも曇ってきて、周りの山はガスが覆う。 ラーメンを注文、\700なり。 小屋前のテラスではテント泊の学生で盛り上がっていた。夕食は4:30からとのこと。時間があるので 近くの樅沢岳に行く。登る予定には入っていた山である。ガスで展望は得られないだろうが、時間つぶしにはなる。 樅沢岳は、双六小屋から槍ケ岳コースの最初のピークである。 岩礫をジグザグに登って行く。ケルンが積まれている。 今まであまり見なかったダイコンソウ、イワギキョウ、イワツメクサ、コケモモ などが多い。槍ケ岳方面から下ってくる一人、また一人に出合う。
「槍ですか」「いえいえ、このピークまで」 てな短い会話。 ハイマツを抜けたところが最高点のようだが、何の表示もない。 もうちょい、先に行く。ガスの中にうっすらと標柱が見える。霧雨から小雨に変わった。「樅沢岳」に着いたが 標柱があるだけ、三角点はない。 晴れていれば、位置からして好展望が得られそうな山である。すぐに下山、お天気雨はすぐに止んだ。 小屋に入って部屋割り、今のところは布団一枚に一人と余裕。 今回の山行きにjyorunadaを持参した。我がホームページの掲示板に、報告を書き込むためである。 小屋の自炊場で、簡単に今日のコースと明日の予定を書いて、インターネットへの接続を試みた。 だが、携帯は圏外の表示で接続はできなかった。明日、双六岳の山頂からなら接続できるだろう。 食事までの間、談話室で山の本など見て過ごす。 食事は第一陣で4:30からだった。翌日朝の食事も第一陣だった。先着順というのは公平で良いと思う。
早く着いた人は早く出られるわけである。混雑時ともなると出発時間に大差が出る。 小屋の人の混雑回避の配慮だろうか、 後から着いたグループは、診療所のある別棟に案内された。また、談話室にも布団が敷かれたと聞いた。 後から着いた登山者が案内され、布団二枚に三人となった。この小屋の布団は幅が広いので、お互いの身体は触れず 、全然苦にならない。もう到着する人はいないだろう、これ以上にならないことを願う。 登山者側としては、寝る場所は談話室、食堂、廊下、土間、乾燥室、テントがあるなら外だっていい。どうでも部屋に割り振り、 布団一枚に三人となるよりもズーット良いと私は思う。この小屋の臨機応変な対応だったのか、いつものことだったのかは分からないが、 私は好印象をもった。同室の人としばらく話し、テレビの天気予報を確認後、消灯前に寝た。イビキは聞こえなかった。良く眠れた。
8/5(金)晴れ
明けて二日目、快晴である。暗いなか、双六岳に登るカンテラの灯りがちらちら。山頂で日の出を見ようという
ヅクのある人達だ。4:30、第一陣で食事。
テラスに出て日の出を迎える。5時4分18秒、2005年8月5日の日が上がる。双六岳に向う。
早朝の高山だが、寒くない。今日も半袖一枚。
三俣山荘巻道と中道分岐の道標を経て、急坂を登って行く。昨日同様、花畑。
ゆるやかなハイマツ帯から、だだっぴろい稜線にでる。槍ケ岳も笠ケ岳も見える。登山道から外れ、右に入ったところに
槍ケ岳方向を向いた大型カメラのカメラマン?と助手?が二人。
ロープはないが、入っちゃなんねー場所なんじゃないの。時間は午前6時10分、双六岳山頂の手前である。
写真も撮ったが、一応、書いておこう。双六岳に着いた、三角点と標柱がある。展望はぐるり360度、
さえぎるものは何もない。先着者が携帯を、おそらくメールだろう。
ならば、おいらも、と日陰でjyorunada。圏内で電話はつながったが、インターネットの接続ができないではないか。 設定が違っていたのか、試みるもダメだった。うーん、これだと、わざわざjyorunadaを持ってきた意味がない。 水一本の重さがある。俺にとっては重い荷物だ。結局、この後使わずじまいだった。 双六岳から下る。展望が良いので快適。巻き道の分岐を経て鞍部。山腹の残雪模様も美しい。 快晴の早朝、朝の日差しの稜線歩き、周りは花だらけ、これほど快適な歩きはない。 多少の起伏で野口五郎分岐、そして三俣蓮華岳の山頂。三等三角点、主三角点があった。 見えてる山は黒部五郎、薬師岳、 鷲羽岳、水晶岳のはず、ただ、山名には自信がない。 ガレ場を下る。巻き道分岐の道標から左へ。左右ロープの張られた花畑が続く。 今までも見た同じ花だが、花の後ろの景色が違う。何か花の色つやが違う。花も大粒に感じる。 たびたび来れる山ではない、しかも快晴。
こんな機会は、そうは無いはずである。写真の撮りまくり。コバイケイソウの群落も多い。 正面に鷲羽岳を見ながら下る。早くも、槍ケ岳にはガスがかかっていた。 テント場に着く。テントは若者ばかり。 水場あり。冷たい水が引かれている。量も多い。水を補充。 三俣小屋に着いた。山渓手帳によれば、収容人数の少ない水晶小屋は、完全予約、予約は三俣小屋で 出来る、とある。 小屋の方に予約OKか、を聞いたところ「今はくる人拒まず、予約があっても無くとも、対応は同じ」とのことだった。 「本日は予約でいっぱいです」か「はい、予約を受け付けます」の返事があると思っていたのだが、 違っていた。「いっぱいです」なら計画は変わったはずである。 ならば現地で、と鷲羽岳に向う。効率良く高度を上げるきつい登りが続く。手も動因する個所あり。右下に池(鷲羽池)が見えて 鷲羽岳の山頂に着いた。双六、三俣蓮華、水晶岳は見えるが槍、穂高の方面はガスが覆っている。
山頂でくつろぐ人、先へ行く人、下る人と行き交う人は多い。下って鞍部、タカネスミレを見る。 ワリモ岳頂上の標柱あり。正確に言えば頂上ではない。標柱の後ろから少し登ると幾つかの巨岩のある頂上がある。 展望は良いが、山頂には何もなし。 皆さん、ここは巻くようで本当の山頂にくる人はいなかった。こだわる俺の方がおかしい。 少し下ると「ワリモ北分岐」。重要な分岐点で展望も良い。数人の人が休んでいる。 おいらもここで、双六小屋のお弁当とする。一度下って登り返す。 そろそろ気になるのは、お泊りの人数だ。この時間、同じ方向に向う人は水晶小屋に泊まる人と推察できる。 出合う人に訪ねる「水晶小屋泊まりでしたか、どうでした」。一人は「イワシ」との返事、さらに一人は「マクラの巾で一人」 との答えだった。この時期、この山域、混むのは承知の上だが、うーん、今晩はどうなるか、気になるところである。 12時15分、水晶小屋に着いた。
一泊二食にお弁当、それと水二本、500ミリリットルペットボトル、一本400円なりだ。 弁当を頼んだのは、赤牛岳を往復してくると昼頃になる。この小屋ではカップメン程度ということであった。 弁当は小屋においての往復と考えたからである。 この時点では、明日の赤牛岳に備えてのものだった。 この小屋には天水のリッター100円といった水はない、お手洗いの水もない。これだけは事前の情報不足だった。 小屋前でしばらく雑談、中に読売新道から来た人がいた。歩いたことはなくとも長時間コースであることは分かる。 敬意をこめて拍手をする。つられて回りも拍手。下っていく人、野口五郎岳方面に行く人には心で拍手。 その分、小屋泊まりの人数が減る。 時間もあるし、明日の天気が保証されるわけではない。ペットボトル一本だけ持って水晶岳を往復することとした。 山頂直下の岩場が少し急だが、小屋からは案外近い。 着いた山頂には15人ばかり。 岩峰の狭い山頂で三角点はない。
ここから見ても赤牛岳ははるかに遠い。「うーん、往復6時間か」。 30分ほど、同じ単独者と話し下山。誰もいなくなった。 小屋は、いろんな方向から来た人で盛り上がっていた。 明日の予定などを話しあっていたが、聞いていると俺の明日の予定もグラツキつつあった。 烏帽子を経て大町に下る、黒部五郎から折立に下る。車は電車・バスで回収する。など、当初は頭に なかったことを考えるのである。 人数を数える人もいる。これ以上、来る人がいなければ、まあまあ快適に眠れそうである。 とこの時は思った。だが、あと12人くるとの情報が入った。自分自身が混雑を作り出している一員であっても 、やはり混雑は、ほどほどが良いと考えるのは当然である。一瞬、空気が変わったかに感じた。私も落胆。 30人収容の小屋に、その倍近い泊まり客となった。 夕食はカレー、ニ交替。私は一陣だった。お互いの食事中と布団を敷いている間は外で待機。 高山なのでそこそこ寒くなってくる。
順に呼ばれて就寝場所を指定される。一布団に二人と なった。この時期この小屋では、しょうがないだろう、まあ予想の範囲内ではある。 過去に布団一枚に二人、布団一枚に三人も経験している。 俺は入口からは最も遠い、一番奥の壁側だった。片側に人がいないだけでも幸運だった、と思おう。 窓はなし、入口以外に外気の入る場所がないので、そのかわり、暑い。 俺がトイレに立つと全員を起こすことになりそうだ。 この小屋はワンフロワーだけで、客室兼食堂兼談話室である。廊下はない。割り振られたところ以外に 寝られる場所はないのである。 今晩は、体温暖房で寒くはないだろうから、かけるのは毛布だけで良かろう。 と我が列の意見で、掛布団は丸めてマクラとして、頭、足、頭、足の配置で寝ることとした。 この方が広くなった感じがする。他の列もこれにならった。 誰かが「たこ部屋」だ といったが、私は「ガレー舟」「収容所」を連想した。
その後、夜中に至って、松本清張の小説「いびき」の牢屋 を思い出した のである。 皆さん、そこそこの覚悟で来ているにで、 この混雑も話題となって、話しは盛り上がった。 外のベンチや荷揚げ用のモッコを広げてそこに寝る、食堂のテーブルを並べて上で寝れば、下の空間に足がおける。など 冗談とも本気ともとれるアイデアが出るのである。 はなから、眠れないことを覚悟している人もいるようだ。 それは突然起こった。 「ガガガー、ぐおおおー」と大イビキが響いたのである。 消灯時間前で、まだ人が談笑しているときである。「いやー、こりゃまいったなー」が率直な気持ち。 俺から一人、足を置いて隣りの人だ。水晶岳の山頂、小屋でも話した人である。しばらく続いた。 布団を丸めた上にマクラをしているので、ノドが狭まることもイビキの一因かと「イビキ大きいですね、 マクラ外したらどうですか」と手を伸ばしてマクラを取ってやった。しばらくは鳴り止んだ。効果があったと思った。
が、しばらくして再び「ガガガー、ぐおおおー」が始まる。「イビキうるさいなー、どっか悪いんじゃないですか」と 手を伸ばし軽くこづく。目を覚ませばイビキは止むはず。イビキは止んだが、近くからイビキ方を擁護する 「しかたないでしょう」の声が発せられた。皆さん辛抱強いので何も言わない。まあ、当然だろうが。 生理的なことだから「しかたない」のだろう。俺もそう思っていた。 が、今はイビキ防止用の機器もあると聞いている。山にくるな、小屋に泊まるな、とまでは言わない。だが、 何らかの対応を身に付けてくるべきではなかろうか。小屋泊のマナーだ。と俺は思う。 中高年というとりも、高年の宿泊者が多い山小屋である。しかも長時間歩いており、中には十時間以上も歩いている人もいる。 翌日も長時間歩くのである。眠れるかどうかは翌日からの体調と山歩きに係わる重大事である。 山中で体調を崩した、けつまづいて怪我をした、などの事故の一因になってはいないだろうか。
間接的ではあっても加害者と被害者とも言える。 なんて事を 考えてしまうのである。 これで私と同宿者の運命は決まった。朝まで耐えるしかないのである。 消灯後に今度は別のタイプの大音響が鳴り響いた。「くおおおー、ががががが」てな音である。二人目はイビキ方擁護の人かも 知れない。ワンフロワーに二人とは「とほほ」である。 私の数少ない山小屋泊まりで過去に大イビキ を聞かされたのは北岳山荘、大天井小屋、餓鬼小屋と数は少ない。泊まり合わせの運が悪かったのである。 二人同時の場合と一人だけの場合がある。片方が止んでいる時は当人はそのイビキを聞いているはずである。 どう思っているのだろうか。「俺もこんなイビキをかいているのか、さぞ迷惑をかけているだろうな」と思っているだろうか。 眠れぬまま、明日の予定などを考える。 松本清張の小説「いびき」では、 牢に入ってきた大イビキをかく人を 同牢者が、濡れ半紙で口鼻を塞いで始末する内容である。
仮にこの状況で何日、
何ケ月、何年も過ごすとしたら、
彼らの行為を理解できる心境である。
「ひでえ野郎だ、大勢に迷惑をかけていながら、てめえだけ、いいきで寝てやがるんだからなー」
が小説の一節である。俺もまったく同じである。眠れぬまま、私的な迷惑防止条例を考えてしまった。
山のてっぺん的山小屋における迷惑防止条例(案)
第一条 大イビキをかく者が山小屋に泊まる場合は、同宿者の迷惑にならないように、自身が
大イビキを予防する何らかの方策をこうずること
第ニ条 前条に違反すると認められる場合、同宿者は、違反者に予告無しに、これを防止する手段を行使することができる
「防止する手段」については、軽くこづく、チリガミを顔におく、 スリッパをそっと投げる(これは北岳山荘でやったことがある)などが、やさしい対応で 良いかと思う。こづかれるくらいは我慢してもらいたい。 消灯後もだべってる人がいれば、必ず誰かが注意する。俺も注意したことがある。だが、イビキは生理現象だからしょうがない、 で、他の多数は我慢しなければならないのだろうか。 大イビキをかく人、聞かされる人の双方と山小屋、それぞれの対応、私はこうした、こうしているなど、 皆さんの意見を聞きたい。 明日は土曜日、今日よりも混むと予想される、明日もこの小屋なんて、 とても耐えられない。土日の小屋は、土日しか山に行けない人のために空けようではないか、 デジカメの電池切れも心配だ、と 中止にする言い訳を考えたりするのである。よし、 赤牛岳は中止としよう。と、明日の予定が決まった。 「すみません、一番奥ですがトイレにいきます」とトイレに立った。 声をかけたのは、同じくトイレに たつ人がいれば一緒に、と思っての配慮である。
入口側で寝ている人にしてみれば、ポツンポツンと立たれるよりも、起こされる頻度は少ない方が良いだろうから。 とにかく密集しているので、起こさないよう静かに静かに、 なんて出来ない。踏みつけないようにライトを照らして慎重に進んだ。 「すいませんね、すいませんね」と。 それでも踏んづけてしまった。 「痛い」「ごめんなさい」 イビキ二重奏と体温暖房、暑く息苦しいところから外に出た。山の冷気が心地よい。 ほんとに心地よかった。 満天の星空だった。今日も好天だ。玄関と従業員室の間がザック置場で、ここがわずかな通路になっている。 そこに寝袋に入った一人が寝ていた。おっ、やりますね。本日快適な眠りを得た一人である。 てな、妄想やら何やらを考えながらも、少しは寝たようである。 実は100円ショップで買った耳栓を持って行ったのだが、ザックに入れたままで、寝る前に用意しなかったのである。 双六小屋が静かだったこともある。 途中で取りに行くのは、この状況では人迷惑になると、遠慮してしまったのである。 かくして、 朝を迎えた。同宿の男性三人は、どこかで見た顔のようだが、思い出せなかった。
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