稲倉城跡
しなぐらじょうせき 1000m長野県松本市〔1/25000地図〕三才山
20041014(木)晴れ

稲倉城は山城で、室町時代初めから戦国時代末期 の天正11年(1583)まで、浅間郷の領主であった 赤沢氏の本城である。 城は、稲倉地区の北方に位置する、尾根約500mに わたって設けられ、急峻な岩壁と空掘によって 堅固を誇っている。 主郭は標高約1000mで「白蛇松(はくじゃまつ)」 といわれる老松があり、南西に5段をつけて下り 大堀に達している。 副郭は西斜面に帯曲輪が発達し、更に南には 物見台がある。 他にも曲輪があり、これらの遺構はほとんど 往時のままに残っている。:松本市教育委員会

【道順・駐車場】
国道254号線、松本市稲倉(しなぐら)、 バス停「稲倉」が登山口で解説版と道標がある。トイレあり。車はバス停から国道を少し行くとチェーン着脱所がある ので、そこに置くとよい。
【コースと時間】
チェーン着脱所9:40→9:50バス停「稲倉」→10:20「←稲倉城入口」の道標→10:30稲倉城跡11:40→12:15着

稲倉のバス停から道標 に従って、コンクリ舗装の道を行く。道標には「稲倉城2.0Km」とある。 最後の民家から道は少し細くなるが、まだコンクリ舗装。左右にある石垣は畑の跡か、それとも土砂崩れ防止の石垣か。 この石垣はずーっと上まで続いていた。城の遺構ではないと思う。 竹とクリ。山クリにしては大きい。コンクリ舗装が終わると山道になる。 急坂の左右に、石垣多数。この石垣はかなり目を引く。これだけの石垣となると、その材料も相当なものだと思う。 道の途中に、むき出した岩壁が。石垣の材料はここで調達したものではなかろうか。 クリ、ドングリに加えてアケビ、クルミそれにモモが落ちている。 粒は小さいが明かにモモである。断じてウメではない。 クリ、モモは昔、栽培されていたのかも知れない。

薬きょうも落ちていた。シカの足跡もあったので狩猟も行われているようだ。 30分ほど登ったところに「←稲倉城入口」の道標がある。 石垣は更に上へと続いている。確めてはいないが稜線に出るのかも知れない。 ここで左折して左山腹道を行くとアカマツの林となり、クヌギの尾根=稜線に出て、そこに稲倉城本郭の 標柱があった。 本郷地区景観整備委員会、H15年3月設置の「城跡の図」があって、郭や空掘の跡が非常に分かりやすい。 実際の遺構と比較できるので、 こういうのがあると助かる。本郭から二の空掘を経て二の郭。 二の郭から稲倉集落側に突き出した岩壁に立つ。下はストンと落ちている。 ガケップチの松から稲倉バス停、チェーン着脱所、国道、対面にゴルフ場。右に松本市内が見える。

三の空掘から小高いピークの三の郭。この先、道は急斜面の下りになっている。 下をうかがうと民家が見える。 テープの目印があるので、稲倉集落の別の場所に降り立てるのかも知れない。でも、私はここでUターン。 本郭に戻り、反対側の尾根を少し上ると、大きく削られた一の空掘がある。これは深い。 尾根の岩を切り崩したものである。この先も踏み跡はあったが、ヤブが深そうである。Uターン。 往路を下山。降りてきて、城跡を振り返って見ると、あの突き出た絶壁を確認することができる。 登る前は、右手の「ご飯大盛り型」の山が城跡だと思っていたのだが、実際は解説版の真後ろの山が稲倉城跡だった。 ご飯大盛り型も気になる山である。この方が断然目立つ。はたして道はあるのだろうか。


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